この記事では、日本史区分にそって欧米語の趨勢にみる外来語の歴史をたどります。
分野としては文化史ですが、日本史で読むグローバル経済史を意識して、欧米語の趨勢に経済的な背景を読み込んでいきます。
外来語とは外国語から自国語の体型に採り入れられた語で、借用語ともいいます。だいたい、カタカナで表記します。
- 日本語のなかの外来語は欧米語(カタカナ語)が中心
- 和製英語も外来語
- アイヌ語や古代朝鮮語も外来語
- 近現代以降に中国から入った語も外来語(前近代の中国から入った語は日本語)
日本史からたどる外来語の歴史
古代に日本へ入ってきた外来語には中国語と朝鮮語があります。
これらは日本語へ無数に溶け込んでいるため、この記事では割愛します。
中世以降に欧米諸国(とくにヨーロッパ諸国)から入ってきた外来語をとりあげて、日本史の時代区分でポイントとなるキリスト教の伝来、蘭学、工業化、戦後アメリカ化の流れをふりかえりましょう。
キリスト教伝来・南蛮貿易から対オランダ貿易へ
キリスト教伝来・南蛮貿易:16世紀中頃から
16世紀中頃から、大まかに二種類の言語が日本へ入ってきて外来語になりました。
- キリスト教の伝道師によるキリシタン用語
- 南蛮貿易によるポルトガル語
キリシタン語由来の外来語はポルトガル語が多く、区別しにくいです。二種類のいずかを語源とする外来語に、タバコ(tabaco)、カルタ(carta)、パン(pão)などがあります。
対オランダ貿易:17世紀から18世紀にかけて
17世紀から18世紀にかけて、 対オランダ貿易が盛んになり、オランダ語由来の外来語がつくられました。
たとえば、コーヒー(Koffie)、ガラス(Glas)、ビール(bier)などです。
このうち「Glas」は発音上「グラス」に近いですが、ガラスとして成立しました。いまの日本語ではガラス(板に使う)とグラス(コップに使う)を分けています。素材は同じガラスですが。
ガラスのようにややこしい状況が後々に出てきます。
19世紀中期以降に日本では英語が入ってきます。これ以降、オランダ語と英語との混用が目立ちます。
この混用は慣れるとたいした問題ではありませんが、外国人の日本語学習者にとっては難しいスキルです。カタカナには造語力があるので、千変万化しているからです。
たとえば、ビールは飲み物ですが、ビールを提供する飲み屋をビヤホールといい、ビールホールとはいいません。逆に飲み物のほうはビヤといいません。
蘭学:17世紀から18世紀まで
江戸時代にオランダはヨーロッパで唯一、江戸幕府が貿易を認可した国でした。貿易は長崎の出島を拠点に行なわれました。
出島からもたらされたヨーロッパの学問や技術を総称して蘭学といいます。近代でいう洋学にあたります。
オランダの学問や技術にかぎらず、オランダ人やオランダ語をとおして普及した西洋学問・西洋技術をさすことに注意してください。
江戸幕府8代将軍の徳川吉宗が、漢訳洋書の輸入制限を緩和しました(キリスト教関係は除外)。このため、西洋の実証的な医学を導入するステージが開かれました。
蘭学によりドイツの医学が入ってきました。このため、多くの医学用語がドイツ語の外来語として定着しました。有名な言葉がカルテ(Karte)です。
工業化:19世紀後半から
幕末開港期以降、日本の貿易相手国が欧米先進国になりました。
イギリスとアメリカとの交流が深まるにつれ、英語が大量に日本へ入ってきました。
とくにイギリス産業革命の影響が大きく、19世紀後半には殖産興業政策のもとで鉄鋼業関係と綿糸紡績業が工業化のリード産業となりました。これらの技術導入がおもにイギリスからでした。
戦後のアメリカ化もふくめ、いまの外来語は英語が80%を占め、フランス語、ドイツ語、イタ リア語、ロシア語が続きます。
戦後アメリカ化:1945年から
第2次世界大戦後の日本はアメリカに一時的に占領され、世界地図から消えました。進駐してきたアメリカ軍やアメリカ主導の教育政策のもとで、米語の影響の強い英語が入ってきました。
また、21世紀にかけて英語の国際化がすすみ、日本語でも英語からの借用語が増加しています。
さらに、日本人の発想によるカタカナ語も多くつくられてきました。
これらが日本語学習者の頭を悩ませるところとなっています。
カタカナ語は造語力がある一方で、略語にされることも多く、学習者の混乱に拍車をかけています。日本語教育にとってカタカナの取扱は難題です。
まとめ
日本史区分にそって欧米語の趨勢にみる外来語の歴史をたどりました。
- 16世紀にキリスト教が伝来し南蛮貿易が活発になったことでポルトガル語が外来語の多くを占めました。
- 17世紀から18世紀にかけて、対オランダ貿易の影響や徳川吉宗の緩和政策から蘭学が発達するステージが開き、医学を中心にドイツ語の外来語が増えました。
- 19世紀後半は幕末開港期で、この頃から日本はイギリスをはじめヨーロッパ諸国から工業技術や工業製品をたくさん輸入するようになり、これとともに英語が外来語の多くを占めるようになりました。
- 第2次世界大戦が終わり、1945年から日本はしばらくアメリカの占領下におかれました。この影響で、米語色のつよい英語がたくさん外来語になっていきました。
最後に、映画を見るときの時代背景や舞台を意識すると、外来語の雰囲気がつかめます。とくに「3」「4」の時代は映画化しやすいので、見るときに注意してみてください。
同じ英語でも近代を舞台にした映画ではイギリス英語、終戦直後や高度成長期を舞台にした映画ではアメリカ英語。
学ぶ技術で意識してほしいのが、欧米語の趨勢に経済的な背景がある点です。いわば、日本史で読むグローバル経済史です。いつの時代でも日本は対外関係に大きく依存してきたので、国史だけでなく対外関係史として理解することも大切です。
余談
それと、いろんな店に飾られているポスター類にも注目してほしいところです。
たとえば『ALWAYS 三丁目の夕日』です。
この映画は高度成長期の街並みからポスターまでを詳しく再現しています。
映画で橋を渡るシーンがよく出てきました。このとき背景になった建築物が帝国製麻ビル。これは「赤煉瓦ビル」ともいわれ、日本橋の名所になっていました。
帝国製麻ビルは辰野金吾が1915年に設計したビルですから、戦前と戦後の二つのステージを一つの映画で再現したことになります。この映画の再現力に脱帽しました。
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