私とはどこですか?:アイデンティティの歴史

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2008年に勤務先だった大学の学生むけに書いた読書案内。

大学教師あるあるの研究の苦労話ではなく、中国旅行記と恋愛をまぜたエッセイにしました。故郷の奈良にも思いを馳せます。

かなり凝縮したエッセイだったので、場面描写を丁寧に書きなおしました。当時の文調は「だ・である」調でしたが、こちらへ掲載するにあたり、「ですます」調にしました。

私とはどこですか?:アイデンティティの歴史

奈良県橿原市南浦町から奈良盆地西部の二上山を望む。2017年2月12日に撮影。

私は、小さい頃から、奈良盆地西部に広がる山々を見ては、その向こうを知りたくなりました。

この山々にまつわる古代神話を蘇らせた小説に折口信夫『死者の書』(『ちくま日本文学全集 折口信夫』筑摩書房、1993年所収)、盆地を挟む東西の山々と古代宗教との関連を突いた研究に吉野裕子『日本古代呪術』大和書房、1994年。

年月とともに、奈良盆地西部に中国が位置することを強く意識するようになりました。

  • 私とはどこですか?
  • 西には何がありますか?

これらのアイデンティティの問題を探るヒントが中国に隠されていました。

初めての中国

閑散とした上海の地下鉄「龍陽路」駅に到着。私が中国で初めて撮影した写真。2004年5月31日に撮影。

2004年の5月末、当時恋人だった浙江省の女性に会うため、私は初めて中国へ行きました。

上海浦東国際空港に着いた後、かねがね「立地が不便だから乗るな」と言われていた時速410キロのリニア・モーターカーに乗りました。

世界最速の列車に乗りたかったからです。

閑散とした地下鉄「龍陽路」駅に到着して改札を出た時、7名の男性に囲まれました。タクシー乗車の勧誘でした。

貧しい中国語を駆使して乗車を断ろうとしている最中に、20歳位の女性が近くを通りました。

「May I help you?」と言いながら近づいてきたので、お互い母国語ではない英語を使って話を進めます。

互いに母国語でない言葉で会話をするのは、意外に簡単です。二人は理解しあうことを優先して、互いの言葉を積極的に受け入れようとするので。

上海駅に行きたいと伝えると、連れて行く時間はあるとのことでした。

少し話が弾んだところで、私が日本人だと伝えたとき、彼女は少し気の重いような顔つきをしました。二人は暗中模索の状態になって、5秒ほど沈黙が続きます。

私は手探りで会話を探しました。

「上海駅」に向かうため、私達は地下鉄に乗りました。

少し話を圧縮したので、もう少し丁寧に再現します。二人が出会ってから沈黙までの会話は次のように進みました。

どうかされましたか?

浙江省の杭州へ行きたいんです。鉄道の駅に行く方法を教えてください。杭州の近くに僕の恋人が住んでいるんです。

分かりました。案内しましょう。

時間はあるんですか?

30分ほどあります。恋人が30分後に仕事を終えるので、デートです。

それじゃ、お言葉に甘えます。

どちらから来られたのですか?

大阪です。

大阪?それは韓国ですか、日本ですか?

日本です。

ふぅ~。

地下鉄で

二人で地下鉄に乗っている間、彼女は、恋人の話や、祖母から伝えられた日中戦争期の話をしました。

私の方は日中戦争期の話を受けて、林京子の小説を紹介しました。

林はいくつかの短編で、日中戦争期上海郊外の街路と人間模様を描いています。

彼女は三女特有の慎重な態度で戦場の上海を観察します。上海が暗いのは瓦礫となった石やコンクリートが大きく影を落とすからだという、幼少期の林の視線が鋭いです。

林京子「老大婆の路地」(『上海・ミッシェルの口紅―林京子中国小説集』講談社文芸文庫、2001年所収)。他の出版社の文庫版・ハードカバー版にも多く収録。
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いくつかの駅を過ぎてから彼女は私に尋ねました。

「なぜ日本は中国を尊敬しなくなったの?」

なけなしの知識をペラペラと喋りながら、上海駅に着いた時に私は会話をまとめました。

石井寛治『日本経済史』第2版、東京大学出版会、1991年。本書は、日本経済史のオーソドックスな教科書。石井は、欧米、中国、日本という3地域を何とかバランス良く把握しようと試みました。

岡野玲子『陰陽師』白泉社(2005年の時点で全13巻)。本書は、夢枕獏原作の小説『陰陽師』をもとに、岡野が自分で調べたことも反映させたマンガ。絵は耽美的、内容は盛りだくさんで、小説よりも物語の具体性が深い。主人公の安倍晴明が、中国から厖大な学問・技術吸収を行なうことで平安朝を守ろうとした点が如実に分かる。
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「この150年間、日本は、父であるヨーロッパや米国に憧れ、尊敬もしてきたが、母である中国を忘れ続けています」。

彼女は私をホームまで案内すると駅員に説明をして改札を入り、構内まで付いてきてくれました。

列車が発つまで、彼女は私の恋人について質問しました。日本で9ヶ月ほど付き合い、今月故郷へ帰ったばかりだと説明しました。

まさに浙江省行きの列車が出発のベルを鳴らしたとき、彼女は不思議そうに独り言のような言葉を漏らしました。

「おかしな話ね、私は何も知らないのに一方的に日本を嫌っていた」と。

「僕も同じ。中国や日本を知らない。あなたが中国人かどうかも知らない。今から女に会いに行くことだけは確かだ」と答えて、私は彼女に手を振りました。

上海租界(外灘)の一コマ、元チャータード銀行。涼しそうな石板にうっすら記されているインドとオーストラリアの文字。帝国主義の熱い歴史が浮かびます。2005年5月25日に撮影。

私に訪れた転換と自己喪失:アイデンティティの問題

2005年夏

2005年に浙江女は私ではない男性と結婚することになりました。その夏に私は別れを告げに行きました。

帰国してから間もなく新しい恋人となったハルピン(哈尔滨)市出身の在日中国人が、「いずれ私が中国へ連れて行きますから、浙江省の写真は全て捨てなさい」と言いました。

2004と2005年に私は11度も浙江省へ行きましたが、今は一枚の写真も残っていません。

それから一年ほどが過ぎたある日、哈尔滨市女は「あなたのお陰で愛を知りました。これからは、あなたとの思い出だけで生きていけます」という台詞を残し、私の元から去っていきました。

2006年秋

2006年に私は人生の迷子になり、自己喪失に陥りました。

その年の2月に私は在日ハルピン女性に振られました。彼女は私よりも10年ほど年上で、一人息子を大学にまで行かせた、責任感の強い年上のシングル・マザーでした。

現在、ハルピンは黒龍江省の首都。19世紀から20世紀前半まで、帝政ロシアや大日本帝国が利権確保のために植民地化させる目標地域の一つでした。そのため異種混合の熱い歴史をもっていますが、他方で、中央大街や松花江等の絶景が束の間の安らぎを与えてくれます。キリスト教寺院や仏教寺院が多く、信仰の厚い控えめで寡黙な街という印象です。満鉄経営をはじめとする大日本帝国によるハルピンの都市計画については、越沢明『哈爾浜の都市計画─1898~1945』総和社、1989年。この異種混合地域に紋白蝶(モンシロチョウ)を探し求めた旅行記に、島津克弘『哈爾浜のモンシロチョウ』(早稲田出版、2003年)。
哈爾浜(はるぴん)の都市計画 (ちくま学芸文庫)
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私は未練がましく彼女の故郷を知りたくなり、2006年9月に中国黒龍江省のハルピン市とチチハル市を訪ねました。

旅行案内書で絶景とされる小さな雪山がチチハル(齐齐哈尔)市の大乗寺付近にあると知り、地図帳のコピーを持ってホテルから歩きはじめました。

地図では5センチの距離だったので楽々到着するだろうと思ったのが間違いでした。縮尺を見ていませんでした。

一時間半歩いても到着する気配がありません。

とあるアパートの前で編物をする老人女性に現在地を尋ねると家具工廠街とのことで、地図ではまだ半分(2.5cm)しか進んでいないことがわかりました。

結局、出発から三時間半ほどで到着しました。

せっかくなので大乗寺を見て回りました。寺を出た所で、露店のおばさんたちに「この寺の近くに綺麗な雪山があると聞くが、見当たらない」と筆談で伝えました。

簡単な返事をもらいました。「今は九月、雪山は冬。あなたが見たい小山はあれ」とハゲ山を指されました。

齐齐哈尔の大乗寺。2006年9月17日頃撮影。辛うじて連絡を続けていた元恋人にこの一連の出来事を話すと、不思議なことに、大乗寺には彼女の父が眠っているとのことでした。

二人の中国女性

永遠の工事中、上海。撮影した当時の上海はすでに開発ラッシュがかなり進んでいて、私に必要なのは変化する力だと感じました。かなり低位で撮影したので、バスや建物がミニチュアに見えます。2005年5月24日に撮影。

ハルピンの松花江で写した夕日。右側には太陽島が広がります。2006年9月20日に撮影。

二人の中国女性は私に破壊的影響を与えてくれました。

もはや、彼女たちに出会う前の私自身を思い出せません。

そして、2022年のいま、彼女たちの思い出も薄れてきました。

2003年から2006年にいたる時間を私は「芬凱路」と名づけています。ブレイクスルをしてくれた二人の中国女にちなんで。

ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン著作集10 一方通交路』幅健志・山本雅昭他訳、晶文社、1982年。本書は、ロシアの女優アーシャ・ラツィスとの恋愛経験を人生の多様性にまで拡散させた珠玉のエッセイ集。歴史を構造へ転換させた見事な叙事詩ともいえます。私が恋愛の記憶を「芬凱路」として街路名にしたヒントがこのエッセイ集に潜んでいます。

これまで女性たちが下していった私への主な評価を振り返ると、無国籍、香港風、ラテン系、現代の孔子、といったところに収まります。

私は小さい頃から、西の山々を見てはその向こうを知りたくなりました。

今となっては西に何があるかなど知りたくもありません。「その向こう」に行けば「その向こう」があるだけです。だからといって元に戻れるわけでもありません。

私とはどこですか?

  • 私とはどこですか?

それは誰にも答えられません。

  • 日本とはどこですか
  • 西洋とはどこですか
  • 愛とはどこですか
  • 歴史とはどこですか

どこにもありません。

呼称があるだけです。

ただし、答えはありませんが、考える手段だけは残されてます。

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