これまでの日本語教育は学習者目線ではなく、研究者目線や教師目線で考えられてきました。
2010年代にグローバル化が形成され、それとともに日本語教育のあり方も学習者目線にむかい、多文化的な要素も採りいれはじめました。
語彙は文法以上に日本語学習者を苦しめてきました。
もっとも顕著な例はカタカナです。
非漢字圏に由来する外来語を日本語はカタカナで導入するため、漢字を学習した方や漢字が得意な方でも難儀します。
学習者目線での日本語教育を実践するためには学生に語彙を配慮したいところです。
日本語学習者向けの区分として語彙を基本語彙と基礎語彙に分けることをおすすめします。
- 基本語彙…客観的に語彙調査をして、頻度の高い語を集める。
- 基礎語彙…これだけ知っていたら生活できる日常語を集める。
この2点を日本語教師が意識するだけで、学習者はよく出る語彙で学習し、生活語で日常生活を過ごすことができるようになります。
この記事では語彙の使用状況を知るという観点から語彙論をふりかえります。とくに語のカバー率は押さえておきたい概念です。
語彙論
語彙とは
語彙とは語ではなく、特定の基準や範囲から単語を集めたまとまりです。理解語彙と使用語彙の2種に分かれます。
- 理解語彙…聞いて理解できる語彙。ニュースや専門分野で出てきますが、日常ではあまり使いません。
- 使用語彙…日常的に頻繁に使い、書いたり聴いたりしやす語彙です。
以下では語彙数や語のカバー率など、日本語教育に大切な語彙への視点を説明しています。
語彙量
外国語教育において、どんな言葉(重要語)を選んで学生に教えるかは大切なことです。
重要語の選択の指針となるのが語彙量です。語彙量とは、各言語のなかで語彙が使われている数量のことです。語彙量を量るための基準が2つあります。
- 異なり語数…同じ語が繰り返し使われても1個と判断。語彙量調査先の資料全体で異なる語がいくつあるかを算定します。
- 延べ語数…同じ後が繰り返し使われても別個と判断。語彙量調査先の資料全体であらゆる語彙がいくつあるかを算定します。
異なり語数と延べ語数はズレます。
延べ語数が多い言語は同一語彙が多く使われることになります。
同一語彙の頻度は累積利用とも換言でき、この使用率から言語の特徴を見ることができます。たとえば、延べ語数が多く、異なり語数が少ない言語は言語学習のしやすい特徴があります。
各言語の異なり語数を述べ語数で割った数値は累積利用率(またはカバー率)といいます。よく「語のカバー率」や「語数とカバー率」といった用語で使われます。
語のカバー率にもとづいた語彙調査
語のカバー率
語のカバー率にもとづいた語彙調査は数十年間の蓄積があります。
代表的な調査結果は、英語・フランス語・スペイン語・中国語・朝鮮語・日本語のカバー率を比較したものです。
頻繁に使われるこの比較結果は、最近(といっても20年ほど前の研究ですが)では次の文献に掲載されています。
これによると日本語のカバー率は
- 共通性の高いヨーロッパの諸言語にくらべて低い
- 類似点の多い中国語・朝鮮語にくらべて低い
ことがわかります。
この理由には、和語・漢語・外来語を混用するために、日本語には類義語が多くカバー率が下がることにあります。
そして、国立国語研究所調査による『日本語教育のための基本語彙調査』(1984年)が外国人学習者の日本での暮らしにそわず、新聞雑誌などの難解な文章から選んでいる問題点を論文は指摘しています。そして、基本語彙のリストを一新して厳密に選定しなおすポイントを具体的に提起して結んでいます。

日本の教育あるあるですが、「基本語彙調査」には変化への対応力がありません…。
くわしい調査結果はこの論文をご覧ください。PDFでダウンロード可能です。
なお、この論文には上述結果の典拠資料も記されています(結果だけが先行して意外に出典が記されないケースが多いです)。
- 水谷静夫『朝倉日本語新講座2語彙』朝倉書店、1983年
- 水谷信子『日本語教育概論』放送大学教育振興会、1997年
語のカバー率調査による上位語の特徴と日本語の特徴
語のカバー率調査による各言語の特徴のうち、各言語にまたがるカバー率上位語の特徴は次のとおりです。
- 語形が短い
- 意味の範囲が広い
- 他の語と結びついて使われる語彙が多い
英語では「do」辺りかと思われます。
日本語の事例としては「する」が挙げられます。たとえば、「勉強する」「これにする」「変な味がする」「音がする」「100万円もする」「5000円はする」などです。
語のカバー率調査による日本語の特徴は次のようにまとめられます。
- 1万語知っていれば雑誌記事の9割を読める
- 使用率上位の語の占める割合は、フランス語や英語などより約20%低い(語のカバー率が低い)
語種
語種とは語彙を出自で分類したものです。
まず、単語は単一語と複合語に分かれます。複合語は単一語が2つ以上くっついたもので混種語。
単一語は次のように細分化されます。
- 固有語…和語
- 外来語…漢語(中国出自)、外来語(中国以外出自で約8割が英語出自)
次に単一語をそれぞれ詳しくみていきます。
和語
和語には2つの意味があります。広義の日本語、および漢語・外来語に対する日本語です。日本語教育を念頭においた和語は、漢語・外来語に対する日本語のことです。
和語の例は「わたし」「家」「たべる」「大きい」「小さい」など。
和語の特徴は次のとおりです。
- 平仮名か訓読み漢字で表記
- 日本語として基本的な語で、使用頻度が高い
- 抽象的な意味が少ない
- 濁音やラ行音で始まるものが少ない
- 1語が多様な意味をもつ(「個性のない単語」といわれる)
漢語
漢語は漢字音で読み、字音語ともいいます。明代までの中国から来た言葉。たとえば「学校」「駅」「時間」「生活」「希望」など。
なお、近代中国から来た言葉は外来語に区分されます。
日本語教育の観点からみた漢語の特徴は次のとおりです。
- 語数は多いが、使用頻度は少ない
- 意味を限定するものが多く、複雑な類義関係をもつ
- 造語力が強い(とくに複合語と接辞)
漢語は日本語を構成するうえで2つの作用がありました。和製漢語と翻訳漢語です。
和製漢語・和製熟語
漢語の一種に和製漢語や和製熟語があります。
これらは中世以降に生じた現象で、和語が音読みに転化したもの。細かく分けるとキリがありませんが、中国漢字が日本で語形変化や発音変化したものと理解するのが無難です。
和製漢語にはいろんな語彙があります。
たとえば、火事(火の事)、立腹(腹が立つ)、残念(念が残る)、心配(心を配る)、日当(1日の手当て)、大根(おおね)など。
翻訳漢語
漢語の別種に翻訳漢語があります。
これらは西洋から入った概念を漢語で表現したものです。
たとえば、会社(公司)、哲学、鉄道(鉄路)、電話(电话)。
西洋と日本との交流は近代になって深まります。
近代以降の日本では欧米語が多く使われるようになったわけですが、そのうち、翻訳した欧米語と翻訳しなかった欧米語に分かれます。翻訳した欧米語は漢語で表現したので、これを翻訳漢語というわけです。
外来語
外来語とは外国語を自国語に採りいれた語のことで、借用語ともいわれます。
日本語教育を念頭においた外来語とは、近代・現代に日本語に取り入れられた語です。
中国から採りいれた語のうち、近現代のものは、こちらの外来語に区分して、漢語とは違うという認識になります(麻雀・マージャン、餃子・ギョーザなどは漢語ではなく外来語です)。
外来語の特徴は次のとおりです。
- 主にカタカナで表記する
- 語感の特徴に専門性や近代性があり、日本人によってはスマートさも感じる場合が多い
- 発音は、子音を音節化して採り入れる。そのため長大な語形になり、短縮することが多い
- 意味は特殊化して採り入れる
外来語の出自地域(由来国)には次のような特徴があります。
- 梵語・古代インド語・サンスクリット語…仏典とともに伝来。ふつう「漢語」として意識。
- アイヌ語…文字資料が残存しないため推測の域を出ないが、東北日本の先住民の言葉。
- 古代朝鮮語…古代から朝鮮と日本は交流が深く、言語の類似性が強い。
- ポルトガル語…中世末期(戦国時代末期)に宣教師らがもたらした文物に多い。
- オランダ語…江戸時代に西洋唯一の交易国だったことから当時の商品名が多い。
- 英語…近代以降、あらゆる分野の語彙に多大な影響。日本語の外来語のうち約8割を占める。
- フランス語…芸術・服飾・料理などの分野の語彙に多い。
- ドイツ語…医学・工学・哲学などの分野の語彙に多い。
- ロシア語…社会主義関連の語彙が多い。
- イタリア語…オペラをはじめとする音楽用語に多い。
- その他

混種語
混種語とは、和語・漢語・外来語の複合語のことです。パターンは4つあります。
- 和語+漢語または漢語+和語…前者には、大道具、流し台、手製、後者には駅前、気持ち。
- 和語+外来語または外来語+和語…前者には、消しゴム、生ビール、光ファイバー。後者には、パン種、オレンジ色、カード払い。
- 漢語+外来語または外来語+漢語…前者には、電子レンジ、太陽エネルギー、和風サラダ。後者には、ビール瓶、カップ麺、データ入力。
- 外来語+外来語…いわゆる和製英語。たとえば、ガソリン・スタンド、カレー・パン、サービス・ランチ。
2番と3番の区別が難しいです。
1番のうち、漢語+和語は重箱読みともいわれるもので、日本語学習者にはとくに難しい読み方です。
まとめ
日本語学習者向けの区分として語彙を基本語彙と基礎語彙に分けることができます。
この2点について、語のカバー率から日本語教師が意識して授業に反映させていきたいところです。
この記事では語のカバー率を中心に語彙論をふりかえりました。日本語は文法がいい加減な反面、語彙量がかなり多いので、日本語学習者にたいして語彙量を抑える工夫が必要です。
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