国語辞典と言語学習にみる化学反応:感化・同化・帰化・文化

学ぶ技術
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先日、お寺めぐりをしていると池上雪枝感化院跡(大阪市北区)という石碑を見つけました。

「かんかいん」という語感から近代日本の同化政策を想像しました。

感化同化、それに古代日本史の帰化人で思いおこされる帰化

このような化ける関連の語彙は、人と人、人と集団、集団と集団の関係において出てきます。

つい忘れがちですが、化ける意味の語彙に文化もあります。

「化ける」イメージとこの記事のテーマ

私の場合、化けるというとおしゃれなメイク、つまんない化学、ゲームキャラの水準のグレードアップを想像します。

人と人の接触や集団と集団の接触によって化学反応が起きたという言い方が昔にありました。メイクも化学反応もグレードアップも変化する意味で同じです。

しかし、しばしば人や人と人集団と集団のなかで「化ける」とは、上下関係ができていて上から下に強制的に支配する道具となった面もあります。

ふつう、このような政策は、中心的な強い国や地域が周辺に拡大していくときに起こります。今から見てそれは日本国内だけでなく世界規模であっても広く行なわれてきました。日本史や世界史でよく出てくる帝国主義植民地主義です。

帝国主義や植民地主義は近代化や西洋化に関わる重要なテーマです。

他方、文化をはじめ化けるという事態も近代化や西洋化と関係が深いですが、原始や古代にも存在したという捉え方もできます。

この記事では国語辞典に立ちかえり、感化・同化・帰化・文化の4つの語彙を考えます。そのあと、言語学習にみる文化と同化の問題を整理します。最後に、オンライン学習むけの情報や化学反応できない人たちへの注意点などを述べます。

国語辞典にみる化学反応:感化・同化・帰化・文化

感化、同化、帰化の順でみていきます。

私が日本史で化学するという問題関心をもった起点が「感化」であり、似た意味として区別できなかった「同化」に移り、最後に「帰化」をとりあげます。

参照する辞典は次です。

  • 感化…長いあいだ接することで自然に影響を受け、考えや行動が変わること。例文 映画に感化される。
  • 同化新しい風土・社会に馴染むことや、馴染ませること。例文 異民族が同化する。異民族を同化する。技術を同化する。類義語 適応・順応
  • 帰化…今までの国籍を離れ、よその国の国民になること。よその国に運ばれた植物や動物がその国で自然に繁殖するようになること。例文 日本に帰化する。帰化植物。
  • 文化…世の中が開けて暮らしや生活が豊かになること。例文 文化が発達する。類義語 文明

感化と同化が似た意味だと思っていましたが、新しい環境に馴染んだり馴染ませたりする点で、同化は帰化に近い意味をもっています。これに対して、感化には新しい環境という語義をもちません。

同じ集団にいても感化する・感化されることがありますね。良い影響を与えた・与えられた意味での感化なら、嬉しい話です。

他方、人や集団の性質が変わる点で感化と同化が近い意味をもちます。帰化は異なり、所属や場所が変わりますが、そのあとは「自然に繁殖する」のですから、性質の変化までは意味に含みません。

言語学習にみる文化と同化

Mylene2401によるPixabayからの画像

古い教育を受けたからか、つい「同化」と聞くと悪しき帝国主義に強制された文化主義同化政策)を想像します。

言語教育とは一種の同化です。とくに外国語教育は長期的な異文化接触を前提にする言語教育で同化が注目され、はやはりです。

外国語教育には多文化主義から同化主義までさまざまな方法があります。

文化

言語学習で大切になる経験

言語学習で大切になる経験に異文化接触や異文化適応があります。

まず、人間が生まれると、生誕地の文化に適応していきます。これを自文化適応(文化化)といいます。

やがて、隣接地域や遠方地域に暮らしたり旅したりすることで、別の新しい文化に接触し、適応していきます。つまり、異文化接触文化変容)へとステップするわけです。

他方、文化変容は自文化を忘れたり自文化から離れたりしているわけですから、文化変容の進行とともに脱文化という現象も起こっています。

文化変容と脱文化の2面から生じる現象を異文化適応といいます。

言語習得理論にみる文化

文化変容モデル(ジョン・H・シューマン)

言語学者のジョン・H・シューマン(John H Schumann)は、言語学習のプロセス自体が異文化適応だと考えました。

自文化と異文化の隔たりが大きいほど、社会的にも心理的にも言語習得が難しくなるという限界を示しました。この考えにもとづくと、方言よりも外国語の方が習得が難しいことになります。

そして、文化間の隔たりという限界を越えるために、異文化に一体化したい(同化したい)という強い願望をもって言語習得を促進しようと提起しました。

このシューマンの考え方を文化変容モデルといいます。

高文化・低文化

ネルソン・ブルックス(Nelson Brooks)は文化を高文化と低文化に分け、見えやすい文化を高文化、見えにくい文化を低文化としました。

高文化には文学・歴史・音楽・美術など学校科目が多く、低文化とは日常的な生活文化(習慣・行動・価値観など)のことです。

高文化はビッグシー、ラージシー(C)ともいい、低文化はスモールシー、リトルシー(c)ともいいます。

1960年代までの言語教育(外国語教育)は文法訳読教授法がメインで、科目的な高文化に焦点をあてていました。1960年以降、外国語教育では、文明や伝統などの高文化よりも、日常的な生活文化(低文化)で異文化コミュニケーションが衝突することへの対処法が重視されるようになりました。

文化の島(ジェフリー・カーター)

Barbora MartinakovaによるPixabayからの画像

文化を2つの島にたとえた文化論です。

一方から見える部分見えない部分、そして海底部分の3面があることをジェフリー・カーターは文化の島と名づけました。

  • お互い見える部分(地上)…意識レベル
  • お互い見えない部分(地上)…無意識レベル
  • お互い見えない部分(海底)…普遍レベル

普遍レベルは食欲や睡眠などの人間生活に欠かせないものです。

注意したい点は、異文化コミュニケーションにおいて普遍レベルでも誤解が生じるケースがある点です。

アコモデーション理論(ハワード・ジャイルズ)

アコモデーション理論が面白いのは、自文化のなかに異文化を見つける点です。

ジョン・H・シューマンの文化変容モデルは自文化と異文化の隔たりを距離として考えていましたが、ハワード・ジャイルズは、相手によって自分の話し方を調節する現象を重視しました。

アコモデーション理論は話し方の調節傾向を二つにわけ、相手に合わせるケースを収束、自分の話し方を継続するケースを分岐といいます。話者が聴者に心理的な距離を近づけようとするなら収束、遠ざけようとするなら分岐になります。

  • 収束…年配の方が若者に対して若者言葉で話したり、大人が子供に対して幼児語を話したりする。
  • 分岐…相手に対して方言を使い続けたり、徹底的に敬語を使い続けたりする。

アコモデーション理論は、話し方を調節する現象について、第二言語習得にも関わりがあるとみなします。

ふつう、学校などの外国語学習機関において、自分たちの母語を話す集団(ウチ集団)が多く、目標言語を話す集団(ソト集団)は少ないです。言語習得ではソト的になることが大切です。

主義や考え方にみる文化

多言語主義

言語政策に関する用語で、複数の言語が併存し、どの言語を使っても不利にならない社会を作りあげようとする主義・政策。

ふつう、多言語主義は文化の許容範囲を広くとりますので、多文化多言語主義ともいいます。

一つの社会に複数の言語や文化があることはマイナスでなくプラスであると多言語主義は考えます。

Boyan ChenによるPixabayからの画像

多言語主義を導入している地域は、2つ以上の公用語準公用語が存在する国や地域に代表されます。

列挙しますと、アイルランド、アフガニスタン、アメリカ合衆国、アルゼンチン、イギリス、インド、ウガンダ、ウズベキスタン、カザフスタン、カナダ、キルギス、シンガポール、スペイン、スリランカ、タジキスタン、トルクメニスタン、ニカラグア、パキスタン、パラオ、パラグアイ、フィリピン、フィンランド、ブルネイ、ペルー、ベルギー、ボリビア、マカオ(中華人民共和国)、マルタ、マレーシア、ルワンダ、中華人民共和国、香港(中華人民共和国)、中央アジア諸国、東ティモール、南アフリカ、台湾(中華民国)、馬祖(中華民国)など。

多言語主義の対語は同化主義です。

同化主義は社会にいる少数集団の文化を弱め、優位にある文化や多数集団の文化に包摂しようとする考え方です。

1930年代に方言撲滅運動に邁進した日本帝国がこれにあてはまります。

現行の日本国政府も同化政策を追随し、高齢者が若者を包摂するシニア同化主義や、日本人が外国人を包摂する日本同化主義などがまん延してきました。

DiggeoによるPixabayからの画像

しかし、これらの同化主義が崩れるのは時間の問題です。

前者はまさに時間の問題で、後者は日本の伝統文化のほとんどが中国と欧米にルーツをもつためです。外国人は敏感ですので、このルーツをすでに知っています。

他方、日本の場合、多言語主義は教育の一環として文部科学省が推進しているため効力が弱く、国家政策になるまでは時間がかかりそうです。

複言語主義

多言語主義を個人レベルに適用しようとする主義・政策。

ヨーロッパ言語共通参照枠CEFR)の中心思想になっています。CEFRは言語能力を評価する国際指標で、日本では2012年からNHKが語学番組のレベル表記に使ってきました。

ケンブリッジ英語検定、実用英語技能検定、GTEC、IELTS、TEAP、TEAP CBT、TOEFL、TOEICなどの英語試験での成績をCEFRランクに置き換えて6段階の国際指標とします。

  • 熟練した言語使用者…C2、C1
  • 自立した言語使用者…B2、B1
  • 基礎段階の言語使用者…A1、A2
文化相対主義

文化の多様性をみとめ、それぞれの文化に優劣がなく、それぞれに存在価値があるとする考え方です。最近では言語文化相対主義ともいいます。ここでは、相対とは対等を意味します。

自文化中心主義の批判として対等といえば聞こえがいいのですが、この考え方の成立には注意しておきたいところです。

文化相対主義にもとづいて文化人類学の研究を行なったフランツ・ボアズは、進化論的な文化研究を批判して、特定文化が他の文化を判断できないという立場にたちました。そして、現場での観察や記述にもとづいた研究をしたわけです。

確かに進化論的な文化研究では見落とす点が多いです。しかし、私は文化相対主義にも危機感をもちます。ボアズは人類学研究のスタンスとして、現場での観察や既述を重視したのですが、これは自分の研究を保守する言い訳にもなりえます。現場重視は研究者の居場所重視につながります。

文化相対主義で気をつけたいことですが、ある現場と隣の現場との比較や遠方の現場との比較など、優劣でなく比較することは大切です。

また、別の客観的な基準をもってきて比較することも大切です。

個人主義

個人の利益や目標を集団よりも優先させる(重視する)考え方。

よく日本は集団主義といわれてきましたが、団塊世代以下にアメリカ輸入の個人主義が広まり自己中心的でした。

グローバル時代のいま、若者を中心に新しい個人主義が広まり、自分と世界との関係を考える健全な人たちが増えてきました。

同化

言語習得理論にみる同化

同化を意識した言語習得理論にはサブマージョン・プログラムがあります。

対概念のイマージョン・プログラムとあわせて説明します。

サブマージョン・プログラム

サブマージョン・プログラムは、同化主義にもとづいて、少数の言語学習者を多数の言語話者の集団に入れて、自然に言語を習得させるプログラムです。

だいたい、少数の言語学習者も多数の言語話者も、多数側の言語や学習場所の言語にあわせるので同化的な印象が強いです。

(補論)イマージョン・プログラム

イマージョン・プログラムは、多数の言語学習者を少数の言語話者の集団に入れて言語学習をさせるプログラムです。サブマージョン・プログラムの対語です。

非英語圏では英語によるイマージョン教育が多いため、遠隔(リモート)による同化主義にも見えてきます。イマージョン・プログラムはサブマージョン・プログラムの対語ですが、関連する方法として、「言語習得理論にみる同化」に区分しています。

共生社会をめざしたプログラムのため、言語話者の言語が目標言語ではない点、あるいは授業で使う言語が目標言語(いわゆる教科授業)である点に特徴があります。

このため、イマージョン・プログラムは二言語併用主義バイリンガリズム)ともいいます。バイリンガリズムは一人の人間や一つの社会が二つの言語を使用するという考え方です。

問題点は、小中一貫教育のように9年間を見通した教育課程が必要になり、教育期間が長期にわたってしまう点です。また、学習者の移動が増えると第三言語者が増え、第二言語をとりいれた教育でも足らなくなります。

実施している国もあります。

現行のイマージョン・プログラムで広く知られているのが、カナダのフレンチ・イマージョン教育です。1960年代にはじまりました。

カナダの少数派言語であるフランス語の授業環境のもとで英語話者の学生を参加させ、フランス語で教科授業を行なっています。

インターナショナル・スクールのように日本語以外で授業をする学校では、日本語母語話者の生徒にとってはイマージョン教育をする場となります。とはいえ、日本国内のインターナショナルスクールの多くが文部科学省によって「各種学校」とみなされているため(1条校ではない)、卒業しても日本国内の大学受験時に必要な「高校卒業資格」を発行できません。(最近は軟化傾向にあり)

イマージョン・プログラムを導入している日本の教育機関には次のような学校があります。ほぼすべての学校が英語イマージョン教育を行なっています。

英語一辺倒すぎると少数派による同化主義にも見えてきますが、これまでの日本の英語教育は見ていられないレベルだったことを思いおこせば、画期的な試みです。

主義や考え方にみる同化

自文化中心主義

自言語や自文化が他に比べて優れているとする考え方です。

また、自分の文化を尺度にして他の文化を批評したり判断したりする考え方も自文化中心主義です。

自文化中心主義はダメといえばダメなんですが、ついつい自分の文化を尺度にして考えてしまいます。ただ、排他的になっては、さらにダメです。

自文化中心主義は自民族中心主義やエスノセントリズムともいいます。

集団主義

集団の利益や目標を個人よりも優先させる(重視する)考え方。

20世紀の日本がよく集団主義だったといわれます。

集団主義を徹底的に国民や民族に広げていくと国民主義や民族主義になり、排他行為が熾烈になると全体主義にもなります。

グローバル時代の集団は多様になったため、最近では集団主義のメリットを享受することが世界中で減っています。

日本の近代化

Nattanan KanchanapratによるPixabayからの画像

近代化を国民国家の形成期とみることができます。

国民国家とは人々を国民として一元化して、中央政府が租税を徴収するシステムのことです。

日本では、江戸時代のように仏教寺院が人々の住所や氏名を管理していましたが、近代では中央政府や委託された地方自治体が統括するように変わりました。

それとともに、江戸時代の身分差別や地域差別は少なくとも形式的には解消され、人々すべてが国民という形で統一されていきました。

「日本帝国憲法」では国民は存在せず、人々は臣民と規定されました。
国民主義(ナショナリズム)

人々を国民かどうか判断する根拠は国籍にありました。

この点から分かることは、日本帝国が国民主義に依拠していたのであって、民族主義にもとづいていたわけではないことです。戦後にできた日本国も国民主義を踏襲しています。

Antonio CansinoによるPixabayからの画像

しかし、国籍だけを根拠とする国民概念は、21世紀のグローバル時代にしばしば揺れ動きます。

顕著な例は外国人参政権問題です。税金を払っても投票権がない点を問題視することが世界中で増えてきました。

民族主義(エスニシズム)

日本国政府が国民主義を採用して民族主義を採用していないことは、中華人民共和国とくらべると分かりやすいです。

中国の戸籍中国人であることと特定民族であることとの2点を明記しています。他方で日本の戸籍では日本人であることだけ明記します。

したがって、いまの日本国では民族主義や民族問題は生じようがありません。すべて国籍の問題(国民主義の問題)です。

まとめ

この記事では国語辞典に立ちかえり、感化・同化・帰化・文化の4つの語彙を考えました。そして、言語学習にみる同化と文化の問題をたどりました。

文化を個人単位でみるとアイデンティティ

ふりかえってみると、化ける化学反応を集団単位にみてきたわけですが、文化形成を個人単位にみればアイデンティティ形成に関わることです。

20世紀ナショナリズムや帝国主義ナショナリズムなどをみると国民ひとりひとりがアイデンティティを求めていた歴史だったといえます。政府も集団も自分のアイデンティティを文化として求めたともいえますが。

さて、ことの発端はお寺めぐりで見つけた池上雪枝感化院跡(大阪市北区)という石碑でした。

池上雪枝感化院跡(大阪市北区松ヶ枝町3-20地先)

感化院

「かんかいん」という語感から、私は近代日本の同化政策を想像しました。

調べてみると少し様子が違います。

感化院とは、19世紀末から広まった感化事業のための施設です。

誰が誰に感化するのか。感化院が児童に対して行ないます。

感化事業は民間篤志家たちが進めていきましたが、1900年に「感化法」公布が制定されてから制度化しました。現在は感化院を児童自立支援施設(前身は教護院)といい、13歳以下の児童を対象にしています。

児童自立支援施設は、不良行為をなし、又はなすおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導等を要する児童を入所させ、又は保護者の下から通わせて、個々の児童の状況に応じて必要な指導を行い、その自立を支援し、あわせて退所した者について相談その他の援助を行うことを目的とする施設とする。https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000164

オンライン学習むけの情報

池上雪枝感化院跡

神道教導職にあった池上雪枝が日本ではじめて感化院を開いた跡地。大阪市北区松ヶ枝町3-20地先にあります。

簡単な解説が大阪市のホームページにあり、生涯学習向けのパンフレット「歴史の散歩道」にとり上げられています。

児童福祉法 | e-Gov法令検索

児童自立支援施設を規定した「児童福祉法」はデジタル庁が整備・運営するe-Govポータルにあります。

全国児童自立支援施設協議会

児童自立支援施設の団体(全国児童自立支援施設協議会/全自協)の公式サイト。

感化院の頃は非行児童・不良児童が多く入院していましたが、時代とともに入所児童が多様化しています。

  • 発達障害を有する児童
  • 被虐待児童
  • 児童養護施設などで不適応となった児童
  • 児童精神科医の診察や向精神薬等の服薬が必要とされる児童

つまり、近年ではケアニーズの高い児童の増加が顕著になっています。

全国児童自立支援施設協議会
全国児童自立支援施設協議会

化学反応できない人たち

いまの日本国では民族主義や民族問題は生じようがなく、すべて国籍の問題(国民主義の問題)となることを述べました。

sebastian_photosによるPixabayからの画像

ところが、日本人には面白い人たちがいます。

日本国籍をもたない人たち(外国籍の人々や永住者など)のうち気に入らない集団には国へ帰れといい(国民主義)、嫌いな国の国籍をもつ集団には少数民族の問題をとりあげようとします(民族主義)。

こういった人たちは異文化接触のできない人たちです。化学反応できない人たちと言ってもよさそうです。

自分のなかで国民主義と民族主義をボカしあいせずに、自分自身のなかに《第三の基準》を明確にする教養を身につけてほしいところです。

多文化主義の寛容な考え方を身につけるには3つの記事リストを読んでほしいところです。

また、アイデンティティ形成において第三基準をもつ練習は次の記事をご覧ください。

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